一次原稿の執筆奮闘中 〜編集委員会ニュース第4号〜

今年度はこれまでの調査・資料収集をもとに、6つの部会では鋭意執筆を進めています。3月末を目途に一次原稿が出来上がる予定です。来年はいよいよ見積りの上、市への補助金申請をしていきます。是非活動を応援ください。

昨年の「洗馬地区文化祭」にて 百瀬市長への展示説明の様子
目次

一次原稿の執筆奮闘中

今後の概日程

令和8年度見積もり、補助金申請、原稿
令和9年度編集委員会内部校正
令和10年度出版社への原稿出し、出版(年度末)

「郷土のくらしと道具展」開催中

本洗馬歴史の里資料館 3月15日までの金・土・日曜日・祝日

本洗馬歴史の里資料館(元町)で展示会が開催されています。これは、昨年10月のふるさと文化祭の「洗馬地区誌展」の展示物を移設し、さらに資料館で洗馬の近代資料を集めたものです。ビデオ「美しき洗馬」の上映もあり、見所満載です。ぜひお越しください。

公民館の貸衣装(戦後の生活改善運動)
洗馬消防団長法被などに見入る来館者
国産第1号の蓄音機など

今回は「近世部会(江戸時代)」をご紹介

後列:橘 浩明・熊谷もと美・宮本洋一(副部会長) 前列:古田米實・中原文彦(部会長)・宮本清道

私達の住む洗馬地区は江戸時代、高遠藩(上伊那)の飛び地でした。朝日村も合わせて「洗馬郷」とよばれ、本洗馬村、岩垂村、小曽部村に分かれていました。

地区には今も多くの古文書や古絵図が残されています。部会ではそれらの資料を調査し、現地にも赴いてお話を聞きながら「洗馬文化」の執筆を進めています。(部会長 中原文彦、宮本清道)

妙義山の調査より

妙義山の中腹・中町地区は家が街道沿いに立ち並び、延焼しやすく、度々大火が発生しました。そこで1751年(宝暦元年)、群馬県の妙義神社を勧請し、山頂に妙義神社を建立しました。現在に至るまで妙義神社への代参とお札の配布が続いています。

三村氏妙義山城の面影(昭和30年ころ)
寛永4年 妙義神社勧請の古文書(槻井泉神社蔵)

近世部会の調査内容(からたきの峯・洗馬の自然学習会など)は、下記のPDFニュース全文でご覧いただけます。

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第4号(全文)
2026年2月2日発行
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